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PBN No.130コラム「日本を感じた、”ピラポ移住地”」

 私は約1年前、パラグアイを初めて訪れ、この地での生活を始めた。当時、この国についての知識は少なく、イン ターネットで検索しても情報量が少なかったので、私にと ってパラグアイは未知の国であった。その状態から今日まで生活してきたが、パラグアイには想像以上に、多くの 日本人や日系人が暮らしていることには驚かされた。

今回、筆者がこれまでに訪れた数ある移住地の中で、最も日本らしさを感じたピラポ移住地を紹介してみたい。

 アスンシオンからバスに乗り、南へ約 6 時間で着く美しい都市エンカルナシオン、そこから国道 6 号線をシウダ・デ・エステ方面に北上し、途中 70KM 地点にある”ピラポ入り口”の道を進んだ先にあるのがピラポ移住地の中心街。この移住地は、1960 年代に移住が始まり、現在は約1,300 人の日本人・日系人が暮らしている。パラグアイの日系移住地としては 4 番目と比較的に歴史は新しいが(5 番目、最後の移住地はイグアス移住地)、総面積は84,000ha と広く、新潟県の佐渡ヶ島(85,000ha)とほぼ同じ面積である。

 移住地内を回っていると、ふと、梅の木に目が止まった。こちらでは日本食材の栽培も多くしており、「わさび 以外ならなんでも手に入る。」のだそうだ。縁あって、この地の診療所で長年、医師をしておられる方の御宅で数日お世話になった。その際、食卓に並んだのは納豆、お味噌汁、タクアンと、純日本食ばかりであった。

 また、たまたま開催中の移住地のある地区の収穫祭に参加させていただいた。そこでは、餅米での餅つきが 代々受け継がれており、出来上がったばかりの餅を、みたらし餅、あんこ餅、納豆和え餅など、様々なかたちで参加者に、振舞われていた。この餅つき大会に参加させてもらい、私もよいしょ、よいしょと、餅をついた。このような行事にも、パラグアイの地 で日本文化が守られており感銘を受けた。

 長くパラグアイに住んでいると、時々、日本が恋しく感じるが、そんな時、日本人・日系人のイベントで日本文化 に触れると、どこか勇気づけられる。皆さんも、移住地を一度、訪れてみてはいかがだろうか。JA

順番に餅をつく移住地の男たち

移住資料館:写真からは、当時の凄まじい開拓の様子が伝わってくる。

墓地には、日本式のお墓がみられる。

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